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注意書きの話 

2023.08.12の記事を元に一部改訂

注意書きの話。
固定とすまたの話を改訂したので、ついでにこちらもまとめなおしましたっ。

感覚としては必須事項じゃなくておまじない
注意書きって、あったらめちゃくちゃ嬉しいんですよ。
まずはカップリング、そんで傾向、特殊性癖。
(注意書き1)「AB、受が女装してえっちして攻がひたすら受の乳首を責めます」
これだと、AB好きの人、えっちなのがみたい人、受女装が好きな人、受の乳首責めを好きな人、ABならなんでもいい人あたりが見るとします。
でも逆に、ABじゃない人、えっちなのみたくない人、受女装が好きじゃない人、受の乳首責めが好きじゃない人は避けられるんですよ。
だから見て欲しい人へのアピールと見て欲しくない人へのアピールができるので、書けばいいと思うんですよね、詳しければ詳しいだけいいとわたしは思いますよ。
でもそれって別にルールじゃないんで、なんも書いてなくても別にいいんですよ、(注意書き2)「AとBがいます」でいいんですよ別にね、ほんとは。
わたしは絶対見ないんです、AとBがいます、では「どっちやねん」と思ってスルーします。
けどこれって(2)で(1)の作品置いてたら、ABって言え~!ってなるでしょうし、えろやないか~!ってなると思うんですよ。
もう一回言いますがわたしは(1)の注意書きがついてたらありがと~!すっごい見る!って思うけど、(2)の注意書きの作品見ないです。
蓋をあけたら(1)なので読めないわたしは損するけど、(2)の注意書きじゃBAかもしれないしリバかもしれないしなんならAとBの違うカプかもしれないから絶対見ないですけど、損しないかわりにダメージもないんですよね、なのでこれを勝手に見に行ってBAだったとして文句言う人のほうが理解できない、このタイプの描き手は多分ABの人にみてほしい!と思ってないので、見なくてもいいんですよそれは。
でも、(2)をつけることでABやないか!って言われることのめんどくささを考えたら、(1)の注意書きをつけた方がらくだと思うんですよね、そういう意味でおまじないだと思ってるんですが、絶対なければならないものじゃなくて、苦情避けだと思うわけです。
注意書きを積極的につける側としては、苦情避けのおまじないとかそんなもんじゃなくて、受女装好き、受乳首責められの人にみてほしい!!!!という宣伝ポップです。
どっちの意味でも損しないと思うので、注意書きなんてつけられるだけつけたらいいし、簡略化しないで長い説明いっぱいつけたらいいじゃないってわたしは思うんですよ。
でもつけない人に「つけろ」は違うと思ってる。
めんどくさいからつけたくない人における注意書きの最上級が「何でも許せる人向け」ですよね。

何でも許せる人向け
「何でも許せる人向けって書いてあったの読んだら死にネタとか欠損とかモブレとかでこんなのは何でも許せる人向けじゃなくてちゃんと注意書きいるだろ!」
っていうの見たことあるんですけど、いや、何でも許せないなら読むなよっって思います、いやほんとに。
わたしが苦手なシチュって、死にネタ、欠損、モブレレベルのもそうだけど、ほんとにめちゃくちゃささやかなものもあるからあえて人に言わないものも多くて、だから「まさかこれに注意書きがいるとは」みたいなパターンも全然あると思うんです。
一個例を挙げると「原作に本人が体調管理を万全にしているという設定があるのに風邪をひいて看病されるネタ」とかがもうだめなんですけど、こんなん「だからこそ二次では風邪をひいて看病されるのが見たい!」だと思うし、絶対注意書きしないじゃないですか、これはまあ注意書きじゃなくて大体あらすじとして「受が攻に看病される話」みたいになると思うので、その時点で見ないことも見ることも選べるんですけどね(見ることもあるよ)
なので注意書きって万人にむけてするのって無理だと思ってるから、あってもなくても読んだら自己責任だと思ってるので、わたしには「何でも許せる人向け」ってめちゃくちゃ親切な注意書きなんですよ、これがあったら「絶対何も許せんから読まんとこ」ってなるわけです、実際全然読める、もしくは好きな話だっとしても、リスクをとってわたしは読まない。
何でも許せる人向けって書いてあって読むのは「この人なら多分大丈夫!」って自己判断したときただけなので、それで大丈夫じゃなかったら完全に自分のせいです。
怒っていいのは、ABですって言ってCBのNTRエンドとか、ハピエンですって書いてあって「ある意味ハッピーですよね」とか言って全員しんでるとかそういう明らかに騙そうとしとるなっていうような場合はもう炎上やむなしと思う(わたしはキレながらそっ閉じするだけだけど)
あのね~、注意書き足りてなくてキレることはね~、全然あるんですよ、わたしは「あやしいな」と思ったら途中でもやめるけど、中にはABじゃないキャラとどうこうとか、なんか肉体的にABだけど精神的に拒否ってるとか、「おまえ…まじで…」ってなることは全然あるよ、あるし、引きずるけど、自分にできることは「閉じて忘れる」ことだけです、まじで。
オリジナルならいいけど二次でそれをするのはキャラへの冒涜っていうのもそれはそうなので、ほんとはね描き手のためにも読み手のためにも二次はなんでも注意書きつけていいとは思いますけどね、推しの子読むときに「死にネタ注意」って書いてないけど二次キャラありきでやるならまあいるよね、とは思いますけどね。
でもやっぱり、「注意書きをちゃんとしなければいけない」は、違うんじゃないかなと思っていて、じゃあつければいいんだろ、が「何でも許せる人向け」なので、それに対して文句言う筋合いはないとわたしは思うんですよね。
もう一度言います、わたしはこの注意書きでは読みません。

何でも楽しめる人向け
で。
ツイで「何でも許せる人向けって許しを請うのもおかしいので何でも楽しめる人向けにした」っていうツイートみたんですけど、これすごく前向きでいいなって思いました。
読む側には注意書きの効果はかわならないんですよね、死にネタだとして自分は「何でも許せない」ので読まないですけど、「何でも楽しめない」ので読まないのも同じわけなんですよ。
描き手さん側にしたら好きで書いたものを見知らぬ誰に許しを乞う必要なくなるし、めちゃくちゃいいなと思いました、描き手のテンション保てるなら積極的に取り入れてほしい!
ほんとに、「自分が楽しく書いたのでそっちに楽しめないものがあるならみないでね!」のほうが健全だなとさえ思う。
みんなこれにしたほうがいい。

必要性
注意書きってつける側は見る側のためにしてくださってるのかもだししぶしぶつけてるのかもしれないけど見る側としてはまじでしなくてもいいものをわざわざつけていただいてるんだと思って、あって当たり前じゃないと思ってほしいまじで。
注意書きがあれば泣いて感謝します、やさしさだからそれは。
注意書きが無くなったら「ハピエンも書くしそうじゃないものも書くよ」みたいな人の作品は全部読めなくなるから、どれが読んでよくてどれが読めないものなのか教えて下さるの助かるから、描き手のやさしさに甘えんなよ~って思う。
自分は、自分が注意書きに救われてるのでサイトにはタグを表示させるし必要以上にわかるようにしてるつもりなので、足りなかったら言ってね。
そのために面倒でもずっとジャンル別にみられるようにしてるのもある。

コラムカテゴリー: 固定とか癖の話