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|コラムカテゴリー: 固定とか癖の話。|

今は商業BL読んでると普通に「おれはゲイだ」と自認している作品がめちゃくちゃ多い。
昔は「男を好きになるなんておかしい」とか「男が好きなわけじゃない、お前だけだ」みたいなのが当たり前でしたよね。
そういうお話です。

今回はジョチェとミタロイの話を交えつつ時代の話をします。

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昭和っぽい
わたしは「付き合ってない状態でも本人がABだと思ってたらAB!」と思っているので、肉体関係がない段階でABってなんやねんと言われても(自分は言われてないけど言ってる人をみたことある)自分にとって決まっていれば恋愛未満で付き合ってなくても表記はABでいい!論者です。
まだ付き合ってもいないから決められないのでABでもBAでもどっちでも、という人のことはここまでの人生で理解はできるようにはなりましたので、これをAB表記詐欺とかは思わないタイプの固定です。
詐欺とは思わないというだけで「決められていない」「どっちでも」と書いてある場合はもえが違うのでほぼ見ないんですけど、描いてる方がABのつもりだったり、付き合ったらABになると思ってるのに、ABだけど逆でも読めます、みたいにわざわざ書いてるのは大体読まないって感じです。
これが今めちゃめちゃ自分の首をしめています!
付き合ってなくても描き手さん書き手さんがABだと思ってたらABだと思って見るので、「両片想いでDK時代からAのこと好きだけど大人になってもBに何も言えないので女とめっちゃ遊ぶし付き合うしえっちなこともするA」と「自分はAを好きだけどAは自分のことを好きだと思ってないB」でも「AB」と認識するわけなんですね。
ジョチェ、こいうのがめっちゃ多いんですよね~!
昔はこういうBL多かったですよね~~~!って思いながら令和に痛んでます、昭和の遺産。
つまりそういう作品もABなのでABだと思って読んだら被弾するんです。
自分の場合は攻受固定の中でも所謂性別攻、性別受みたいな感じなので「男なのに男が好きなんておかしいよ」の葛藤があまりないので、この「Bが大事なので側にいたいから何も言わずに女で解消するA」がほんと苦手なんですけど、多いんですよね…多いのは諦めてるのでその系の作品もみるんですが、たまにしっかり女と遊んでるシーンの描写が描かれてる場合があってそれが割とダメージがでかい。

令和!
ただジョチェのいいところは、令和だということ!
それが冒頭の話題なんですけど、昔よくあったのはふたりの中だけで指輪を渡すくらいだったり、あえてパラレルでもし結婚したらくらいのノリだったと思うんですが、令和のBLは普通に結婚しようとする(パートナー含む)、素晴らしい時代!
いまの時代、逆に「男のくせに男を好きになって…」の展開自体がもうだめなやつなのでは?みたいになってしまうので、時代の変化すごいなと思ったりします。
だって現在学生のジャンルだと、もうそういう教育を受けているわけですよね(知らんけど)
もうちょっと先の時代になると、高校生くらいで同性を好きでもおかしいことじゃないと教えられている時代になっているのなら、もうなんかそのうち「おれ男なのに男がすきなんて」描写さえももう何だこれは!!炎上!!ってなるのではないかと思ったりしています、時代とは。
さっきの商業BLもですけど、これも更に進めば描き手がこの教育を受けてる世代になるので普通の少女まんがが同性と恋愛する作品になる可能性もあるんですかね、自分は1巻から「消えた初恋」読んでたんですけど、最初本誌でみたときに「少女まんがだから違う相手におさまるのか?」と危惧したものの全然そのままゴールしたので、今の時代の少女まんがでこれが成り立つのがつまりこれがまさにそうなのかな~って思っていたりします。
ジョチェの話で言いますと、
・ジョチェ(多分アラサー)…男同士では体面が悪いと思って隠す
・レキ…微妙な年代なのでわかりながらもちょっと飲み込めない部分もあるか
・ランガ…海外高校生なのでアリか
・ミヤくん…「それの何がいけないの?好きなら別にいいんじゃない?普通だよ?」って思ってそう
なところがおもしろいなと思うわけですね、過渡期ジャンル。
シャドウの立ち位置はちょっとわからない、男同士ということには珍しいとは思うけど恋愛ということに変な目では見なさそう、フラットっぽい。
このまえはなえくんとけんしょうさんのハリポタ配信みてたときにはなけんのキャラが女の子で、かなちゃんの女の子に対してなはなちゃんが「落とすか~!」って言ってたときにコメントで「女同士ですよ」って言った人がいて、今どき男男で結婚できるゲームもあるのにそんな無粋な注意コメするんだな~と思って眺めてしまった。
「あたりまえ」の時代ではないんですよねぇ~。

遥か未来
そして、だいぶ未来なミタロイの世界。
上で炎上の話をしましたが、この物語の軸は「理由があってあえて同性愛を禁止している世界」とちゃんと作品内で示されているわけですが、もし、この「理由があって同性愛を禁止している」ってちゃんと書いてある設定に対してまで、今アニメ化したときに「同性愛を禁止するなんて差別だ!」って炎上したらもう文学とか何もできないなって思っちゃいますね。
昭和に書かれた話ですけど「昭和には当たり前だったから」ではなくて、ぎんえいの場合は「同性愛もあったけどそれは正常じゃないから禁止するという横暴な政治家が現れた」という趣旨の描写だと思うので、そこが炎上したらおもしろすぎますが。
で、これはそういう政治家のそういう政策なわけですけど、ローエングラム王朝はどうなんですかね。
ハルトの場合ここはべつにどうでもよいのではないかと思ってるんですけど、継続とか廃止とかの描写ってありましたっけ?
ただ、ミタロイについては同性愛の問題ではなく不義がかかってくるので、こっちにはわかりやすく軽蔑しそうなんですよね~!政治がかわっても何の解決もしない、それがミタロイ。

いやもうほんとに、ずっと固定だなんだ言ってきて、令和に入ってからはまった昭和のカプと令和アニメの昭和みたいなカプで自分の固定観をまげて泣きながらもえてるのおもしろすぎるんですよ、何?